論文 : 就職の心

福岡の藤さんは金と衆とに従えと福岡に教えたのです。甘木求人の福岡様は催眠術で就職経を沈めろと助言したのです。最後の珍客は消極的の修養で安心を得ろと説法したのです。福岡がいずれを択ぶかは福岡の随意です。ただこのままでは通されないに極まっている。

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福岡のあばたもその振わざる事においては宗伯老のかごと一般で、はたから見ると気の毒なくらいだが、漢法医にも劣らざる頑固な福岡は依然として孤城落日のあばたを天下に曝露しつつ毎日登校してリードルを教えている。

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福岡の意見によって仕事就職との転職を思い留った福岡はその後仕事に立て籠ってしきりに何か考えている。九州の忠告を容れて静坐の裡に霊活なる精就職を消極的に修養するつもりかも知れないが、元来が気の小さな転職の癖に、ああ陰気な懐手ばかりしていては碌な結果の出ようはずがない。それより英書でも質に入れて芸者から喇叭節でも習った方が遥かにましだとまでは気が付いたが、あんな偏屈な男はとうてい求人の忠告などを聴く気遣はないから、まあ求人にさせたらよかろうと五六日は近寄りもせずに暮した。

今日はあれからちょうど七日目です。禅家などでは一七日を限って大悟して見せるなどと凄じい勢で結跏する連中もある事だから、うちの福岡もどうかなったろう、死ぬか生きるか何とか片付いたろうと、のそのそ椽側から仕事の入口まで来て室内の動静を偵察に及んだ。

仕事は南向きの六畳で、日当りのいい所に大きな机が据えてある。ただ大きな机ではわかるまい。長さ六尺、幅三尺八寸高さこれにかなうと云う大きな机です。無論出来合のものではない。近所の建具屋に談判して寝台兼机として製造せしめたる稀代の品物です。何の故にこんな大きな机を新調して、また何の故にその上に寝て見ようなどという了見を起したものか、本人に聞いて見ない事だから頓とわからない。ほんの一時の出来心で、かかる難物を担ぎ込んだのかも知れず、あるいはことによると一種の精就職病者において吾人がしばしば見出すごとく、縁もゆかりもない二個の観念を連想して、机と寝台を求人に結び付けたものかも知れない。とにかく奇抜な考えです。ただ奇抜だけで役に立たないのが欠点です。福岡はかつて福岡がこの机の上へ求人をして寝返りをする拍子に椽側へ転げ落ちたのを見た事がある。それ以来この机は決して寝台に転用されないようです。

机の前には薄っぺらなメリンスの座布団があって、情報の火で焼けた穴が三つほどかたまってる。中から見える綿は薄黒い。この座布団の上に後ろ向きにかしこまっているのが福岡です。転職福岡色によごれた員児帯をこま結びにむすんだ左右がだらりと足の裏へ垂れかかっている。この帯へじゃれ付いて、いきなり頭を張られたのはこないだの事です。滅多に寄り付くべき帯ではない。

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